第三話 ボクシングデーのスト破り

前の記事の続きです。

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26日、クリスマスも終わり、朝食の時にホテルスタッフから地下鉄が動き始めたと聞いた。

実際、リヨン駅の状態はどうなっているのだろうと、下見に出かけた。

地下鉄の駅からリヨン駅までの地下道は、ストライキのため行き場所がなくなった旅行者の寝場所となっていた。

疲れた顔の人たちの間を歩いて駅に入ると、ホームにはずらっとTGVが並んでいた。

いろいろ聞いてみると、少しずつは組合に入っていない人たちが列車を動かそうとしているという情報がえられた。

しかし、どの列車が動くかわからないし、いつ発車するかもわからない。

低い確率であるが、パリ脱出が可能であると分かった。

リヨン駅の帰り道、ルーブル美術館に寄ってみた。

当然ストライキ中であった。

それでも多くの人たちがいつか美術館が開くのか待っていた。

その人ごみの中を歩いていると、一人のアメリカ人から声をかけられた。

「フランス語が話せるか」と。

フランス語は話せないというと、君は日本人かと聞いてきた。

そうだと答えると、今、このルーブルを開館させようと、色々な国の代表を集めている。

もし良ければ、立っているだけでいいから参加してくれないかと頼まれる。

暇だし、アメリカ人がどのように自分たちの要求をするか興味もあり、彼が集めた色々な国の人たちとともに事務所に向かった。

事務所には、たったひとりの事務員が人々の質問に答えていた。

さっそく、その事務員にアメリカ人は交渉を始めた。

彼が言うには、これだけの多くの国からルーブル美術館を訪れている。

この人たちにルーブルを見せなくていいのかとの主張を繰り返した。

暫くすると、責任者に電話で相談するという確約までたどりついた。

一時間後に開館するとの回答がでた。

人を集めるために、一時間ほど必要だから時間が欲しいとのこと。

やってみるものだと、このアメリカ人に感心した。

せっかく開いたのだからと、ルーブルに入館することに。

初めてではないので、のんびりと好きなものだけを見ようとのんびり歩いていた。

ニケを見ていると、後ろからにぎやかな団体がやってきた。

日本語で、入館が遅れたので、急いでくださいと団体客を添乗員がせかしている。

あっという間に、ニケを通過し、次はモナリザに行きます。はぐれないで下さい。

大きな声でせかせながら、旗の後ろに団体が通過していった。

同胞として、恥ずかしく感じ、そして、アメリカとの民度の差を感じた一日であった。


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写真は最近のものです。

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