昔、旅行に行った時の写真ないかといろいろハードディスクの中を探していた。
すると、とんでもないものが見つかった。
今から三十年ほど前の旅行日記である。
最初の5日間だけであるが、若い時の自分が戻ってくる。
あまりにも長いので、まずは一日目だけを紹介したい。
1日目 大阪から成田を経由して、ロサンゼルスで乗り換え、昼すぎメキシコシティーに着く。
メキシコシティーは雨であった。 薄暗い入国審査が終え、到着ロビーに出ると少年が寄ってきてタクシーはいらないか?と聞いてくる。
それを無視して市内に向かうバス乗り場を捜すが見当たらない。
後日知った事だが、空港の前の広い道路の向こう側に地下鉄の駅があったのであるが。
しかたなくタクシーで市内に行くことにした。
市内に向かう タクシーの中からの風景は暗いものであった。
窓には雨粒がついて、一層暗い雰囲気をかもしだしている。
しかし、想像していたよりも裕福な国のようである。
買い物もしている人達であろうか傘が歩道をうめている。
人は多い。
30分ほど乗ったであろうか、予約していたホテルに着く。
3000円ほどの値段にしては大きく小奇麗なホテルであった。
フロントの人の英語も分かりやすいし、部屋に案内してくれたボーイも愛想がいい。
日本を出るときに買ったマイルドセブンをチップがわりに渡すと非常に喜んでくれた。
部屋も綺麗で広く日本では10000円はするであろう。
スペイン風にまとめられている。
窓からの景色も高い建物が街に少ないせいか見晴らしがいい。
どうも長く飛行機に乗っていたせいか、それとも高地で空気が薄いせいかは分からないが体が疲れている。
しかし、部屋で休んでいるのも何かもったいない気がするので街にでることにする。
どこか、適当な喫茶店ででも見つけてコーヒーでも飲もうと思ったのである。
ついでに夜食事するレストランも探しておこうとも考えていた。
ホテルを出ようとしたらフロントの人に呼びとめられた。
もう一組日本人がこのホテルに泊まっているという。
その話をしていると、その話題の人達がロビーにおりてきた。
話をするとテレビ関係の人達で取材をしに来ているとの事である。 ] 治安のことを尋ねるとお上りさんのような恰好をしていなければ大丈夫との事。
僕の場合旅行は普段着でという主義なので別に気にすることはないであろう。
一歩街に出ると、意外に人が少ない。
ホテルのある所は街の中心地にあたるから、たぶん雨のせいで人通りがすくないのであろう。
家族連れが楽しそうに話をしながら歩いている。
ポンチョを着ている女の人をよく見掛ける。
メキシコにいるという実感が湧いてきた。
少し歩くとレホォマ通りに出た。
この街のメインストリートである。
裏道に入ると屋台が多い。
立って食べる人は少なく持ち帰りが多いようである。
ホテルの近くには適当な喫茶店が見当たらないので、ホテルの中のレストランでコーヒーを飲むことにする。
客はアベックが一組だけだったので窓際の席に座った。
コーヒーはうまくない。
この国もコーヒーを作っているが、いいコーヒーは輸出にまわされて国内で消費するのは質が悪いという話を聞いたことあったが事実であった。
窓の外は相変わらず小さな雨が降っている。
このまま雨が続くのではないかと不安になってきた。
ロビーのほうを見るとアメリカ人の団体が到着したようである。
笑い声がひびき、急にあたりが明るくなった。
金を払って部屋に戻ることにした。体調がよくない。
しかし、まだ物価の感覚が身につかない。
タクシー代が10000ペソ、コーヒーが1500ペソ。 20ペソ1円だから0を一つ間違えそうである。
ベッドの上でうとうとして気が付くと外は暗くなっていた。
食欲も今一つだが、酒でも飲みながら何か食べようとホテルのレストランに行くと多くの客で賑やかであった。
ほとんどが地元の人達である。 少しきどった服を着ている人が多い。
テーブルに案内され、メニューが渡されたがスペイン語でよくわからない。
以前、フランス語のメニューを勉強したことがあったので、その記憶をたよりに注文する。
ただ、ワインの注文だけがうまくいかない。
いろいろな種類を置いてあるらしく、ハウスワインという意味がウエイターに分からなかったようである。
結局なにか相手が言うと、はいはいと返事をして決めてしまった。
スープを入れて3品頼み、ワイン1本を苦労しながら平らげた。
なりしろ量が多かったのである。 ウエイターもよく食うなぁと感心したことでしょう。
勘定は20000ペソ位であった。
残してしまった料理には少し後悔が残ったが。
気持ちよく酔ったので、風呂に入り明日のために早寝をした。