昭和の匂いが残る 内子

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長浜から内子へ

肱川あらしの赤橋が知られる長浜から肱川をさかのぼります。

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今は予讃線が峠をトンネルでぬける中山経由で走っていますが、私が学生のころまで予讃線は長浜経由の海沿いを走っていました。そのため、内子に行くためには大洲の一つ手前の五郎駅でで内子線に乗り換えていました。

この内子線は、‎松本零士の書いた銀河鉄道999が考えだされたところでもあります。この内子線沿いに疎開をしていた松本氏が内子線を走る列車をもとに書いたのがこの漫画だそうです。それにちなんだイベントも開かれています。この内子線、今は予讃線の中の一部として残っています。

内子町は昔から和紙や蝋の地場産業で栄えた町でした。その古い街並みを町博をきっかけに再開発して、観光地によみがえりました。今はたくさんの観光客が訪れるところとなりました。

現在では、ミシュランガイドにも選定されています。

街並み保存地区

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上芳我邸

上芳我邸が街の中心となります。町一番の豪商で木蝋資料館として公開されています。

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蝋燭

昔ながらの、蝋燭を扱っている店です。やさしい灯りで癒されます。

 

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明治末から大正にかけて内子の町が木蝋や生糸などの生産で栄えていた頃、地元の人々の娯楽の場として発案され、大正天皇の即位を祝して地元有志の出資により創建された。農閑期に歌舞伎や文楽、後に映画や落語なども演じられた。その後昭和40年代にはホール的に活用されていたが、老朽化により取り壊されようとしていた。しかしながら、町並み保存地区に近接していることもあり、まちづくりの核として活用していくべきとの町民からの要望により復原され、今日に至っている。今日では、歌舞伎のほか、各種講演やまちづくりの会合等に活用されている。 ウィキペディアより

内子座

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イベントが行われていないときは、裏舞台まで見ることができます。

少し足を延ばして、山の中にはすると、こんな風景が見られます。

石畳地区

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石畳という集落です。春になると、枝垂れ桜が美しいところです。

 

大洲和紙会館

 

 

 

 

 

 

 

工場の入り口に無断立ち入り禁止とあったので、店屋さんの方で見学をお願いしたら、気持ちよく了解してくれました。

誰でもいいようです。

工程も丁寧に説明してくれ、写真撮影も自由にさせてもらいました。

当然、帰りにはお土産として、和紙を購入させてもらいました。

安いのから、高級品まで、いろいろありますが、民芸品もありますので、いいお土産になります。

内子に行かれる方は、少し町並み保存地区から離れますが、ぜひ見ておく価値はあると思います。

 

 

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